ごにょごにょ考え中
Prologue:A:
カツン――カツン――。
誰かの足音で、サイモンは目を覚ました。
最初は、気のせいだと思った。つい先日、両親から相続したこの広い広い洋館には自分以外誰も住んでいないのだから。
――カツン――カツン……。
だけど、その足音は近づいてくる。
泥棒だろうか?鍵はしっかり掛けたはずなのに。
いや、それにしても、何か妙だ。泥棒なら、もっと、足音を抑えて、素早く歩くはず――。
ガチャ、ガチャ。
ひっ――。少しだけサイモンの喉から声が漏れた。
侵入者の足音が止まったと思ったら、この寝室のドアノブを回したのだ。
だが、すぐに思い出した。ドアノブには、鍵が掛けてある。そして、ここの鍵は内側からでないと開け閉めできないようになっている。
だから大丈夫、入って来られるはずがない。
そう、思っていたのに。
――ギィ…。
扉は開く。気持ち悪いくらい、ゆっくりと。
入ってきたのは、一冊の赤黒い本を持った若い青年。知らない顔だった。
「だ、誰だ…!な、な、何の用だ!!」
サイモンは必死にそう叫んだ。
武器は持っていないようだったし、こちらを攻撃するようにも見えなかったが、その青年が薄ら笑いを浮かべるのが怖くて怖くて仕方がなかった。
「少しだけ――この洋館を借りに来たんだ」
青年は静かな声でそう答えた。
サイモンが言葉の意味を理解できずぽかぁんとしていると、青年は手に持っていた本を開き、何かを書きとめた。
すると不思議なことに、サイモンは、その青年に洋館を貸してもいい気分になった。
「どうぞどうぞ、好きなだけ使っていってくれ」
「ありがとう」
にっこりと青年は笑んだ。
その青年の持つ本には――こう、記されている。
――"最高に愉快で悪趣味なゲームができますように"――。
Epilogue:B:
昔、昔。何百年も、昔の話。
何の変哲もない本屋を営んでいたその青年、ベネットは、並べた覚えのない本が店の棚にあることに気づきました。
赤黒い表紙の、なんだか不気味な本。
なんだろうと思い手にとって開いてみることにしました。
すると、なんと、悪魔が現れたのです。
その悪魔は、ベネットにこう言いました。
「この本には、1日に1回だけ願い事を書くことができる」
「その願い事は、必ず叶う。その代わり、お前の寿命を願い1つにつき1年分いただく」
その話を聞いたベネットはペンを取り、まず最初に、こう、願いました。
"願い事が1日に3回できるようになりますように"
悪魔が驚いていると、次にベネットは、こう、願いました。
"僕の寿命が千年延びますように"
悪魔が感心していると、最後にベネットは、こう、願いました。
"悪魔がいなくても、僕の願い事が叶いますように"
悪魔は消えてしまいました。
それを見届けると、ベネットは本を閉じました。
こりゃあいい、と。一つ、二つ、頷いて。
そして店は早仕舞いして、願い事を考えながら、ぐっすりと眠りました。
翌日ベネットは、お店の繁盛と、好きだった女の子を彼女にすることと、びっくりするほど美味しいフルコースを願いました。
翌々日ベネットは、休暇と、彼女と別れることと、母親の作るミートパイを願いました。
その次の日も、そのまた次の日も。ベネットは願いました。
途中から、本のことが心配になったので、"この本は絶対に燃えない"、"この本は絶対に水に濡れない"、"あと50ページ白紙のページが増える"なんてことも願い始めました。
そして時は過ぎ――現在。
ベネットの家族も、友人も、皆とっくの昔に死んでしまいましたが、ベネットは千年の寿命を願ったので、生き残ってしまいました。
途中で歳を取らないことも願ったので、外見はまだまだ、若いままです。
「はあ…何か面白いことないかなあ」
本のお陰で何一つ不自由のない生活を送ってきたベネットですが、最近、悩みがありました。
退屈なのです。
何百年もの間、様々なことをしてきました。
家庭を持ったり、遊びほうけたり、美しい景色を見る旅に出たり、美味しいものを山のように食べたり――。
幸せを沢山、これでもかというほど味わったベネットは、とうとうその幸せにも飽きてしまったのでした。
今住んでいる場所も、悪い場所ではありません。
皆、ベネットに親切に――ベネットがそう願ったからですが――してくれます。
それにも、どうしてか、飽きてしまいました。
たまには、負の感情を向けられてみたい――。
たまには、思いっきり憎まれたい――。
たまには、誰かが絶望するさまを見てみたい――。
そう思ったベネットは、本のページに、こう、綴りました。
"最高に愉快で悪趣味なゲームができますように"と。**